活字中毒の溺れる様の記

これは、よくいる活字中毒者が溺れ死ぬまでの記録である……なわけない(笑)

有縁世界の輩を殺し、無縁に生きる漢が一匹


私たちが考える歴史とは何か。


それは「勝者」の歴史です。
正史は常に時代の勝者しか綴ることを許されていません。
敗者の弁を聞くことはできないのです。


もちろん、学校で習う歴史もまた「勝者」から見た歴史に他なりません。
必然、偏りのある歴史になってしまいます。
時にそれが正しい歴史であることもありますが、当然、誤った歴史でもあります。
歴史学が光を当ててきたものは、結局、勝者の政治史に過ぎないものが多い。


確かに、それが歴史の本道であることは間違いありません。
しかし、それだけが歴史といえるのでしょうか。


その疑問に真正面から向き合ったのが『無縁所の中世』です。

無縁所の中世 (ちくま新書)

無縁所の中世 (ちくま新書)

本書は中世における無縁の実態を寺社勢力と位置づけ、そのバックボーンに迫っています。
その背景には、確かに宗教的権威があったと同時に、ある種の「武力(暴力)」が存在したことに着目しています。
僧兵もその一つであり、寺社が抱える商人もまた経済という名の武力でした。
そういった背景があったからこそ、寺社勢力は政治という有縁の世界と対立することができたと論者は考えています。


私自身、網野義彦の『無縁・苦界・楽』を読んで、無縁世界に共鳴しながらも、彼が定義する無縁に疑問を抱いていました。
実際、院の頃は考古学を学ぶものでありながら、無縁について勉強もしてレポートにまとめたこともありました。
その中で私は戦国時代の今川氏と里見氏に触れ、有力大名と弱小大名の領地内にある寺社の扱いについて論じました。
結果は、多少の違いはあれど、領主に反抗しない限りはある程度の自治が認められ、逆に今川所領の三河のような反乱地域は寺社であっても厳重に管理をしている実態でした。
つまり、領主という有縁の権力によって寺社という無縁が保証されている実態です。
本書でも述べているとおり、比叡山のような大名ともいえる有力寺社は独立を保っていたのでしょう。
しかし、そうでない寺社は領主の保護なしにはあり得なかったと考えられます。


その意味で、本書の論旨は非常に共感できるものでした。
少々好戦的な文章ではあるものの(前著は違ったのですが)、氏の論は納得のいくものです。
彼のいう公家社会・武家社会であったかは別として、寺社社会が本書のようであったことは疑いがないように思えます。
細部は違うところもあるでしょうが、大枠では頷けるものです。
彼の論ならば、なぜ「鎌倉新仏教」があれだけの力を持ち得たのかも説明がつきます。
深く検証しなければならないことも多いですが、武家中心の歴史観を大きく転換するものでしょう。


ただ、正直な感想を言えば、何人かの歴史家は彼と同じ意見を持っていると思います。
ですが、彼らは所感としてもっており、明確な史料から出しているわけでないので、ふとした場で発言しても、公式の場ではそのような発言をしないことがままあります。
本当はそれを論文として、変革していかなければならないでしょうが。


一つだけ気になった点があります。
最後に、民俗学に対する批判ですが、必ずしも考古学者は民俗学を否定しているわけではありません。
特に縄文や旧石器は民俗学から離れるものの文化人類学を援用することが多くあります。
当然、民俗学を否定することはありません。使い方の問題ではないのでしょうか。
中世史が物語や絵巻などを使いすぎ、民俗学からの援用も多くあるために、アンチテーゼとして発言しているのかも知れませんが。
ある種の網野史学批判でしょうか。
確かに、網野氏の功績は認めますが、あの人の手法が必ずしも正しいとは思えませんけど。


歴史学を志す人間には、是非とも読んでもらいたい一書ですね。
もちろん、批判的精神は忘れずに。