活字中毒の溺れる様の記

これは、よくいる活字中毒者が溺れ死ぬまでの記録である……なわけない(笑)

歴史は面白い!



森浩一先生と網野善彦先生というビッグタイトルの対談です。
そのお二人が、「関東学」という地方史を提唱しているのが本書です。
どういうものかというと、これまで関東というと京に対して「田舎」というイメージがありました。しかし、発掘資料などから関東はかなり拓けた、発展した地域であるということが明らかになってきました。だから、「関東学」という関東を中心に日本史をとらえ直すことが必要ではないのか、と提起しているわけです。
これは関東だけでなく、他の地域でも同様のことが言えます。例えば、北陸。ここも裏日本の一部と言われてきましたが、大陸との関係からかなり発展した地域と考えられています。
このように地域史は今、肯定的にとらえ直されています。


これまで日本史は、特に文献史学は政治史がメインでした。ゆえに、百姓の暮らし(言い換えれば地方)は軽んじられてきました。そのせいで日本史における百姓イメージは非常に貧しいものでしかありませんでした。それを一変させたのが網野先生です。これまで赤貧にあえいでいると考えられてきた百姓は、実は違うものだと考えたのです。農業以外の分野、特に流通から百姓が豊かな暮らしをしていたことを明らかにし、これまで百姓=農民というイメージを払拭しました。
同じように考古学の世界も、遺物・遺構研究が中心で、流通という研究は進んでいませんでした。しかし、近年の発掘結果から流通を考えざるをえない遺物・遺構が増えてきました。


一つのキーワードは「流通」です。
目に見えない、この行為が実は関東のイメージを変える重要なキーワードでした。
関東には、随分と大陸の人間が流入していましたし、富豪も多く存在しました。大陸の人間が流入してきたのは、北陸からの流通経路を通じてですし、富豪が多く存在したのも流通による富の獲得によるものです。
この観点から見ると、これまでの鬱蒼とした武蔵野というイメージから都会的なイメージへと転換することができます。


もちろん、本書では提唱しただけで、具体的な研究としては形をなしていません。
しかし、森先生や網野先生の視点を持った若い研究者は多くいますし、子のような研究をしている研究者も存在します。
やがては彼らがこの問題を検証し、明らかにしてくれると思います。


日本史はまだまだ面白くなります。