活字中毒の溺れる様の記

これは、よくいる活字中毒者が溺れ死ぬまでの記録である……なわけない(笑)

気づきこそ重要

最近思うことは、世に自立学習を是とする勉強本が出回っていますが、あれって理想論だな、と。
正確には、確かにできると思います。ただし、上位生のみ。


私感では偏差値で55〜60より上の学生は自分で勉強しても問題ないように思えますが、それより下、特に偏差値50以下は無理です。
もちろん、どちらも例外は存在しますが、傾向的には偏差値50が一つのボーダーかなと。
特に高校の偏差値が50を切っている高校は正直大学受験は厳しい。
偏差値60を超える高校から、「志望校はMARCHレベル」といっても無理ではないかな、というレベルです。


そもそも偏差値なんて母集団の性質によって異なるので、一概にすることはできません。駿台なら50でも高いし、ベネッセだと50では低いでしょう。
私のいう偏差値は河合・代ゼミあたりを基準にしてもらえれば間違いないと思います。


何が言いたいかと言えば、高校偏差値50以下の生徒はまず疑いを持たずに学校・塾・予備校の勉強の仕方を真似すべきだということです。
確かに間違っている場合もありますが、少なくとも自立学習と称する勉強もどきよりはマシです。
形を作ってから、自分にあったやり方を探すべきでしょう。


偏差値50〜60は、いくつかの層に分かれます。高校トップ(上位20〜30)は自立学習でも問題ないでしょう。中堅層(真ん中前後)はやり方か要領が悪い可能性が高い。あるいは勉強量か。下位層は偏差値50以下と同じです。まず他人のいうことを愚直に真似すべきです。


だいたい勉強の仕方が悪い場合が多い。
ただやればいいと思っている生徒のいかに多いことか。
今何が必要で、どのレベルに達する必要があるのかを考えながら勉強する必要があります。
つまり、自分の立ち位置と目標ですね。


勉強がうまくいかない生徒は、そのどちらか、あるいは両方の視点が欠けています。
これがあるかどうかで、勉強効率は格段に上がります。


私自身はどんな人間でも勉強はできる、と考えています。
なぜなら、すでに分かっているものを覚えるだけだからです。
新しい何かを発見するわけでも、作り出すわけでもないからです。
無から有を生み出すのではなく、あるものをあるままに答えろ、というのが勉強です。
説明書を読みながらプラモを組み立てろ、といっているようなものです。


人によって時間がかかるかも知れませんが、絶対にできます。
だからこそ、間違った認識を持って欲しくない。
できないものはできないと認識すべきです。
そこからすべては始まります。